
昨夜、次男が”テメー!ふざけてんじゃねーぞ!
シネ!”と連発!
最初は、映画やドラマのセリフでカッコつけて勢ってる感じだと無視していたら、挙句の果てに自分の顔にむけてワザとクシャミをして唾を撒き散らしてきたので、流石にプッツン!きてからのお話です。
こんなに人が不愉快になる言葉ばかり発信していたら、こどもの将来どうなる?
友達からも嫌われるのでは、
言葉は思考になり、思考は現実化する?
そんな大人になってもらいたくない!
って色々頭の中がぐるぐる回り
次男を叱ってしまった後、
冷静に次男と向き合いたい気持ちから
次男と一緒にお風呂に入り
男同士で話をしたら
わかってくれた気がして
その後、自分のベッドにきてくれて
微笑んでくれた。
でも
何故か罪悪感
何故か切ない
そこでモヤモヤする気持ちを妻に聞いてもらった
話をしていくうちに、
これは、自分と向き合う材料を
次男がくれたことに気づいたんです。
こどもは、バカ、アホ、シネ、ウザイみたいな汚い言葉が大好き
そんな言葉を使って、こどもたちは自分を磨いてる。
そんな言葉を言ったら相手はどんな気持ちになるのか?
言ったことにより起こる孤独感だったり、反発感
そんな事を経験し磨かれながら大きく成長していく。
こどもが何か問題を起こしてしまった時も、それは親が先回りして解決することじゃなく、自分が必ず解決できることを親が信じてあげること、見守ってあげること
辛い出来事や思い、苦しい出来事や思いを
自分で解決し乗り越えていく力がつくよう、サポートしてあげること
そして、こども達が起こす問題は、親がそれをこども自らが解決できると最後まで信じてあげれるかにかかっている気がします。
だから、最終的には
こどもを信じる力=親が自分自らを信じる力
なのかもしれませんね
自分は今まで、うまく行く時、いい時の自分は、これが自分なんだと信じれるけど、
上手くいかなくなった時、ダメな自分が出てきた時の自分も自分なんだ、と信じる力が足りなかった気がします。
ダメな自分も大丈夫
なんとかなるさ
こんな自分でも あんな自分でも
どうせ、愛されてるし
どうせ、愛されてきたし
と
今心から思えなくても、自信なくても
言葉に出して言ってみます
思考は現実化するから
そんな大切なことを教えてくれた次男と妻に感謝の気持ちでいっぱいです。
“自分はこれからも家族の絆を大切にしていきたい
家族が愉快で楽しく過ごしていけたらいいなと”
言う気持ちを持ち続けて
家族の大切なつながりは
“相手を信じる力”
それをこれからも一番大切にしていきたい。
